夫に愛されている実感がない|40代・50代既婚女性が「大切にされたい」と思うとき

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夫が嫌いなわけではない。

夫婦仲がものすごく悪いわけでもない。

仕事をして、家のこともしてくれる。家族として見れば、ちゃんと夫婦をやっていると思う。

それなのに、ときどき思ってしまう。

「私、この人に愛されているのかな」

若い頃のように毎日「好き」と言ってほしいわけではない。

高価なプレゼントがほしいわけでもない。

ただ、自分の話を少し楽しそうに聞いてほしい。

たまには二人で出かけたい。

何気なく手をつないだり、抱きしめたりしてほしい。

「大切にされている」と感じたい。

そんな気持ちを抱えている40代・50代の既婚女性は、夫に何か大きな不満があるというより、夫婦の間から少しずつ「特別な存在として扱われる時間」がなくなっていることに寂しさを感じているのかもしれません。

この記事では、夫に愛されている実感がないと感じるとき、その気持ちの奥に何があるのかを一緒に考えていきます。

目次

「愛されていない」と「愛されている実感がない」は少し違う

「夫に愛されている気がしない」と感じると、

「もう私のことを好きじゃないのかな」

と考えてしまいますよね。

でも、ここでは二つを少し分けて考えてみたいと思います。

夫があなたを愛していないこと。

あなたが夫から愛されていると感じられないこと。

この二つは、同じとは限りません。

夫は家族のために働くことを愛情だと思っているかもしれません。

休日に家族と過ごすことや、家の用事をすることが「大切にしている証拠」だと考えている人もいるでしょう。

でも、自分が欲しい愛情はそこではない。

「今日どうだった?」と自分に興味を持ってほしい。

髪を切ったら気づいてほしい。

たまには夫婦二人で出かけたい。

何気なく触れてほしい。

自分が求めている形で愛情を感じられなければ、夫が家族として責任を果たしていても、心には寂しさが残ることがあります。

だから、「愛されているはずなのに寂しい」という、一見矛盾した気持ちが生まれるのだと思います。

昔は「私」がいたのに、いつの間にか「妻」や「母」になっていた

結婚したばかりの頃は、二人の関係の中心に「あなた」と「私」がありました。

今日は何を食べたい?

次の休みはどこへ行こう?

その服似合ってるね。

会いたかった。

そんなふうに、お互いが一人の人として相手を見ていた時期があったと思います。

でも、結婚生活が長くなると役割が増えていきます。

妻。

夫。

母。

父。

家事をする人。

働いて生活費を稼ぐ人。

子どもの予定を管理する人。

家族を運営するためには、どれも必要な役割です。

ただ、その役割だけで毎日が回るようになると、

「妻として必要とされていること」と「私という人を大切にされていること」の違いが気になってくることがあります。

「ご飯どうする?」

「明日、子ども何時?」

「これ払っておいて」

会話はしている。

でも、自分自身について話すことはほとんどない。

そんな日々が続くと、

「私はこの人にとって妻ではあるけれど、今でも特別な人なのかな」

と思ってしまうことがあります。

そんなとき、夫以外の男性が自分の変化に気づいてくれたり、話を聞いてくれたりすると、思っていた以上に嬉しく感じることがあります。

「ただ優しくされただけなのに、どうしてこんなに心に残るんだろう」と戸惑うこともありますよね。

本当は大きなことをしてほしいわけではない

「もっと大切にしてほしい」

そう思うと、自分が夫に多くを求めすぎているように感じる人もいるかもしれません。

でも、実際に欲しいものを考えてみると、意外と小さなことだったりします。

帰宅したときに顔を見て「ただいま」と言ってほしい。

自分が話しているとき、スマホではなくこちらを見てほしい。

体調が悪そうなら「大丈夫?」と気づいてほしい。

髪型を変えたら何か言ってほしい。

出かけたとき、たまには隣を歩いてほしい。

寝る前に少し話したい。

手をつないだり、肩に触れたりしてほしい。

一つひとつは、とても小さなことです。

でも、こうした小さなことには、

「あなたを見ているよ」

というメッセージがあります。

大切にされたいという気持ちは、何か特別な待遇を受けたいということではなく、「自分の存在に関心を向けてもらいたい」という気持ちなのかもしれません。

夫に触れられなくなると「愛されていないのかな」と感じることもある

夫婦の愛情を、言葉だけではなく触れ合いから感じる人もいます。

手をつなぐ。

肩に触れる。

隣に座る。

抱きしめる。

眠るときに少しくっつく。

若い頃には当たり前だったこうした触れ合いがなくなると、それだけで夫婦の距離が遠くなったように感じることがあります。

セックスがしたいというだけではないんですよね。

「今でも私に触れたいと思ってほしい」

「夫婦として近い存在でいたい」

そんな気持ちがあるからこそ、触れられないことが寂しい。

夫婦のスキンシップがなくなったときに感じる寂しさについては、こちらの記事で詳しく整理しています。

会話が「連絡事項」だけになると、心まで離れたように感じる

夫婦生活が長くなると、会話の内容も変わっていきます。

「明日の予定どうする?」

「牛乳買ってきて」

「子どもの学校から連絡きたよ」

「今月これ払わないと」

必要な会話は毎日している。

それなのに、

「今日こんなことがあってね」

と話したくなるような会話は減っていく。

こちらが話しても、「へえ」「そうなんだ」で終わる。

夫の方から自分について聞かれることもない。

そんな状態になると、同じ家にいるのに、自分の気持ちを共有する相手がいないように感じることがあります。

会話の量だけではなく、

「私に興味を持って話してくれている」

と感じられるかどうかも、愛情の実感に関係しているのだと思います。

夫婦の会話がなくなったことで感じる寂しさについては、こちらでも整理しています。

家族としては幸せなのに、女性としては寂しい

この感覚は、周囲には説明しにくいかもしれません。

家族はいる。

生活にも大きな問題はない。

夫が暴力を振るうわけでもない。

浮気をしていると分かったわけでもない。

「それなら幸せじゃない?」

と言われてしまいそうだからです。

自分でも、

「これ以上何を求めているんだろう」

と思うことがあるかもしれません。

でも、家族として生活が成り立っていることと、一人の女性として満たされていることは別です。

母として必要とされる。

妻として頼られる。

家族として一緒に暮らす。

それとは別に、

「一人の女性として見てほしい」

と思うことがあります。

若く見られたいということだけではありません。

今の自分を見てほしい。

今の自分に興味を持ってほしい。

今でも魅力のある一人の女性として扱ってほしい。

そう感じることもあると思います。

「もう一度、女性として見られたい」という気持ちについては、こちらの記事で詳しく考えています。

「私から求めないと何もない」のが寂しいこともある

自分から話しかければ会話はする。

自分から手をつなげば拒まれない。

自分から誘えば二人で出かけてくれる。

それでも寂しい。

そんなこともあります。

欲しいのは「拒まれないこと」ではなく、夫の方から自分を求めてくれることだからです。

「今日どうだった?」

「今度二人でどこか行こうか」

「その服いいね」

そんな言葉を、自分から引き出すのではなく夫から言ってほしい。

自分が何もしなければ何も起こらない状態が続くと、

「私に興味がないのかな」

と感じてしまいますよね。

夫に悪気があるとは限りません。

長い夫婦生活の中で「言わなくても分かる」「いつでも一緒にいる」という安心感が強くなり、愛情を表現する習慣が薄れているだけの場合もあります。

でも、理由が何であっても、受け取る側が寂しいという気持ちまで消えるわけではありません。

他の夫婦を見て羨ましくなることがある

街で手をつないで歩いている同年代の夫婦。

楽しそうに二人で食事をしている夫婦。

SNSで誕生日を祝っている夫婦。

そんな姿を見て、少し羨ましくなることがあります。

「いいな」

と思った直後に、

「人と比べても仕方ない」

と自分に言い聞かせる。

でも、羨ましいと感じたことには、自分の本音が隠れていることがあります。

手をつないでいる夫婦が羨ましかったなら、自分も夫と触れ合いたいのかもしれません。

楽しそうに話している夫婦が羨ましかったなら、夫ともっと会話をしたいのかもしれません。

二人で出かけている夫婦が羨ましかったなら、もう一度「夫婦二人」の時間がほしいのかもしれません。

羨ましいという気持ちを否定するより、

「私は何を羨ましいと思ったんだろう」

と考えてみる。

そこから、自分が本当に欲しかったものが見えてくることがあります。

「もっと大切にして」と言う前に、自分が欲しいものを考えてみる

「もっと私を大切にしてほしい」

その気持ちは本物でも、夫からすると何をすればいいのか分からないことがあります。

自分でも、具体的には分からないことがありますよね。

そんなときは、

「何があったら私は愛されていると感じるんだろう」

と考えてみてもいいと思います。

話を聞いてほしい。

二人で食事に行きたい。

名前で呼んでほしい。

誕生日を覚えていてほしい。

たまには褒めてほしい。

手をつないでほしい。

抱きしめてほしい。

「ありがとう」と言ってほしい。

自分からではなく、夫から誘ってほしい。

人によって答えは違います。

「愛されたい」という大きな言葉を、自分が実際に欲しい小さな行動まで分けてみる。

そうすると、自分の寂しさの正体が少し分かりやすくなります。

夫に気持ちを伝えるなら「愛してくれない」ではなく「私はこう感じている」

寂しさが積み重なると、

「あなたは私のことなんてどうでもいいんでしょ」

「もう私のこと好きじゃないよね」

と言いたくなることがあります。

でも、それを言われた夫は、

「そんなことない」

「家族のためにこれだけやっているのに」

と反発するかもしれません。

そこで「愛している」「愛していない」の議論になると、本当に伝えたかった寂しさから離れてしまいます。

たとえば、

「最近、二人で話すことが少なくなって、ちょっと寂しいんだ」

「たまには二人でご飯に行けたらうれしいな」

「私、たまに手をつないでもらえるだけでも結構うれしいんだよ」

くらいでもいいと思います。

相手の気持ちを決めつけるのではなく、自分がどう感じていて、何があればうれしいのかを伝える。

その方が、本当に欲しかったものは伝わりやすくなります。

それでも「何か足りない」と感じることはある

夫婦で話してみた。

二人で出かける時間も作った。

夫も自分なりに応えてくれた。

それでも、心のどこかに「何か足りない」という感覚が残ることもあります。

そんなとき、すぐに「夫婦関係が終わっている」と考える必要はありません。

自分が求めているものが、夫婦関係だけの問題ではないこともあるからです。

子育てが一段落して、自分の時間が増えた。

仕事と家庭だけで何年も過ごしてきた。

気づけば、自分自身の楽しみが少なくなっていた。

誰かの妻や母ではない自分が、何を好きだったのか分からなくなっている。

そんな変化が寂しさと重なっていることもあります。

家族がいるのに孤独を感じるときの気持ちについては、こちらの記事でも整理しています。

誰かから優しくされると、思っていた以上に心が動くことがある

夫から愛されている実感を持てない時間が長く続いているとき。

職場や趣味の場などで、誰かから自分に関心を向けられることがあります。

「髪切った?」

「最近忙しそうだけど、大丈夫?」

「その考え方、いいね」

ほんの一言なのに、なぜか心に残る。

家に帰ってからも思い出してしまう。

そんなことがあるかもしれません。

それは、その人をすぐに好きになったということとは限りません。

長い間、自分が欲しかった「私を見てくれている」という感覚に触れて、心が反応したのかもしれません。

だから、誰かから優しくされて嬉しかった自分を、すぐに責めなくてもいいと思います。

ただ、その嬉しさが何を意味しているのかは、一度考えてみてもいい。

その人自身に惹かれているのか。

誰かに関心を持ってもらえたことが嬉しいのか。

夫との間で満たされなかった気持ちが反応しているのか。

ここを急いで決めないことも大切です。

夫以外の男性にときめいたとき、自分の気持ちを否定しなくてもいい

誰かから優しくされたことをきっかけに、その人のことが気になるようになることもあります。

メッセージが来ると嬉しい。

会える日が少し楽しみになる。

服や髪型を気にするようになる。

「こんな気持ちになるなんて」

と戸惑う人もいるでしょう。

結婚しているのに別の男性にときめくことと、その気持ちのまま何か行動をすることは同じではありません。

まずは、

「私はこの人の何に惹かれているんだろう」

と自分の気持ちを見てみる。

そこには、自分がずっと欲しかったものが見えることがあります。

夫以外の男性にときめいたときの気持ちについては、こちらの記事で詳しく整理しています。

「大切にされたい」と思う自分を否定しなくていい

夫に愛されている実感がない。

もっと自分を見てほしい。

たまには触れてほしい。

女性として扱ってほしい。

誰かに「あなたは特別な人だ」と思ってもらいたい。

そんな気持ちが出てきたとき、

「結婚して何年も経っているのに」

「もう若くないのに」

「家族がいるのに」

と、自分で自分の気持ちを小さくしてしまうことがあります。

でも、40代になっても50代になっても、大切にされたいという気持ちまでなくなるわけではありません。

その気持ちに気づいたからといって、今すぐ夫婦関係について何か大きな決断をする必要もありません。

新しい恋愛を始めなければならないわけでもありません。

まず考えてみてほしいのは、

「私は、どんなときに大切にされていると感じるんだろう」

ということです。

夫にしてほしかったこと。

本当は言ってほしかった言葉。

寂しかった瞬間。

嬉しかった瞬間。

そこを一つずつ見ていくと、「愛されたい」という大きな気持ちの中に、自分が本当に求めていたものが見えてくるかもしれません。

そして、それが分かることは、これからの夫婦関係だけではなく、自分がこれからどんな時間を過ごしたいのかを考えるきっかけにもなると思います。

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